【終活日誌 2014年6月号】

~田口誠道 住職編~お坊さんから聞いたちょっといい話

脱サラ~出家

禅宗の修行僧を雲水と呼びます。「行雲流水」という言葉からきていて、「雲の行くごとく、水の流れるごとく」の自由自在な境涯をあらわす言 葉です。私は、寺とは無縁のサラリーマン家庭で育ちましたが、20代終わり頃にこの雲水という世界があることを知り、いつかは雲水になりたいと思うように なりました。本気で願えば道は拓けるもので、在家の身でありながら師僧との縁に恵まれ、臨済宗の修行道場の門をくぐることになりました。

修行道場での雲水生活は、想像以上に厳しくてキツイものでした。私は三年間修行をしましたが、特に新到(新入り)の時が、一番大変でした。 途中で逃げ出す者もめずらしくありませんでした。余談ですが、後に住職となってから、花輪和一氏の獄中体験記である「刑務所の中」というマンガを読む機会 がありましたが、起床時間、睡眠時間、食事内容、休憩時間などなど、すべて僧堂の方がはるかに低い水準であると知りました。

普段にも増して修行生活が厳しくなり、一週間坐禅三昧の修行をする期間を「大摂心」といいます。大げさでな く、一日15~20時間以上も坐禅をしました。特に新到は、坐禅中に何十発も警策で叩かれ激励されますので、足の痛みだけでなく紫色になった背中の内出血 の痛みにも耐えなければなりませんでした。また、わずかの休み時間でさえも、新到は単布団(坐禅用の座布団)を冷やしてはならず、禅堂で坐ったまま休憩を しなければなりませんでした。

トイレでの気づき

はじめての大摂心、精神的にも肉体的にもつらさがピークになった頃、ある日の斎座(昼食)の後の休憩時間に、東司(トイレ)に入ったときの 話です。こればかりは、単布団を離れることが許されます。目的は小便だったのですが、私は思わず誰の目もなくなる個室の方に入っていました。そして、着物 が汚れないように気をつけながら、床に座り込んで壁に寄りかかりました。なんとも楽で生き返るような心地でした。自分の身体を自分で支えないですむこと が、こんなにも楽だとは思いませんでした。

「寄りかかれるということはこんなにも有り難いことだ。これは、人の心の問題も同じではないだろうか。修行するのは、人を頼らずとも自分だけで自分を支えることができる強い人になるためだと思っていたが、そうではなく、誰かを支えるための修行なのではないか」

こう考えたとき、仏道の厳しさの根底には、大いなるやさしさがあることに気づきました。そして、「もっと骨 を折れ!楽をしようと思うな!なにくそ、なにくそと歯をくいしばれ!」という厳しい師の口ぐせが、愛情あふれる言葉に思えてきました。私はこの気づきが支 えとなり、はじめての大摂心を乗り越えることが出来ました。

臨済宗妙心寺派長昌寺住職、行政書士  田口 誠道(たぐち せいどう)
 【長昌寺ホームページ】 http://www5b.biglobe.ne.jp/~tyosyo/
【行政書士たぐち和尚のページ】 http://kakekomijiin.net/
【facebookアドレス】 http://www.facebook.com/makoto.taguchi1/

プロフィール

昭和41年 千葉県生まれ。本名は田口 誠。
専修大学法学部卒業後に大塚製薬株式会社入社
MRを8年経験した後、禅宗の雲水修行を志して退社
臨済宗妙心寺派平林寺専門道場にて三年間の出家修行
現在は、住職と行政書士の二つの立場で日々の法務をこなす。
坐禅会、執筆活動、講演活動も積極的に行っている。
趣味・特技は、少林寺拳法(五段)

(著書)
禅入門~わかりやすい禅&坐禅(淡交ムック:執筆協力)
エンデイングノート「宝珠」~おだやかな旅立ちのために(青山社)

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