【終活日誌 2014年5月号】

~本間健司 副住職編~お坊さんから聞いたちょっといい話

恥ずかしながら、私は、『終活』という言葉自体、最近まで知りませんでした。
このサイトを運営する方と初めてお会いしたときに、「私、シューカツの仕事をやってるんです!」と自己紹介してくれたのですが、私の頭に浮かんだのは、いわゆる就職活動の略語である「就活」のほうでした。まあ、こちらの「就活」とも無縁ではないらしいのですが。

そこで、『終活』とはどういうものなのかと聞いてみると、「人生の終焉(しゅうえん)を意識することによって、今の人生をより豊かなものにしていこうという取り組み」だという答えが返ってきました。
なるほど、なるほど…
いきなり仏教用語を出して申し訳ありませんが、その説明を聞いて私の脳裏に真っ先に浮かんだのは、《生死不二》(しょうじふに)という言葉でした。文字通り、「生きることと死ぬことは別々ではない、一体である」という意味です。
3年ほど前、私が出している檀信徒さん向けのプリントのなかで、この《生死不二》について書いたことを思い出しました。それを読み返してみると、「ああ、これは終活の理念に近いな…」と本当に感じます。そのプリントの中で、次の話を取り上げました。

夫への愛情表現 心がけたい

「結婚当初は仕事に出かける夫を玄関で見送っていた妻が、時がたつにつれて寝床から見送るようになってしまったという先日の投書を読み、心が悲しくなりました。
私の先輩の友人は、毎朝玄関で夫を見送っていました。しかしある朝、今日は仕事が早いからと言って、夫は静かにひとりで家を出ました。その日、夫は不慮の事故で亡くなってしまったのです。彼女は見送ってやれなかったことを後悔し、ひどく悲しんだ、ということを聞きました。

彼女の言葉に感銘を受けた私は、結婚して十三年近くいつも玄関で夫を見送ってきました。“いってらっしゃい!”と玄関先でのキスは、夫が 無事に帰ってくるとのおまじない。私がベランダから手を振ると、夫も返してくれました。けんかをして素直な気持ちで見送れないと、お互いにこころがふさい でしまう。時には夫が引き返してきて仲直りすることもありました。
今年六月、その夫が出張先で突然に亡くなりました。いまだに信じられません。その日、玄関先で振り向いた夫の最後の笑顔が、私の心を支えてくれています。

出かけた人が帰る。当り前のことではないのです。平穏無事な生活に慣れすぎて、日常のささやかな幸せを見失わないようにしてください。どうか皆様、愛情表現は横着しないでください。」

〈平成21年8月19日、朝日新聞に掲載された、千葉県在住の40歳主婦の投稿より〉

3年経った今でも、私はこの投書を読むと、心が震えます。それは、単にこの主婦がかわいそうということではなくて、この主婦に自分自身を置き換えて想像し てしまうからです。もし、自分の妻が今日亡くなってしまったら、自分はいくつのことを後悔しなければならないのだろう。あれもしてあげればよかった、もっ と優しく言ってあげればよかった…。頭の中を駆けめぐります。

いつか時間が出来たら…
暇が出来てから…
本当にその気になったら…

考えてみると、身近な事柄ほど、こんな言い訳で後回しにしてしまっているような気がしませんか。でも、「いつかそのうちに…」なんて思っていることって、今少しずつでも動き出さないと、一生実現することなんてないんですよね。

私の知り合いの作家さんが、著書のなかでこのように言っていました。
 「人生において本当に大切なことは、本当に大切だと思えることを、本当に大切にすることである」と。
 なんだか謎かけのような言葉ですが、よくよく味わってみると、なんとも含蓄のある言葉だと思います。3回ほど声に出して読んでみてください。

 死ぬ間際に、「私は、人生においてすべてやりきった。何も後悔することなんて無い。」と心の底から言える 人なんてほとんどいないでしょう。しかし、人生のある地点から、[自分の本当に大切なもの]と心から向き合った人とそうでない人とでは、同じ後悔でも、そ こには格段の差が生まれるような気がします。

 「欲」という名の仮面を少し取り除いて、純粋な心の声に耳を傾けた時、あなたにそっと語りかけるもの。それは、あなたにとって[本当に大切なもの]かも知れません。答えは本人にしか分からないのです。

 「死を意識して生を見つめ直す」という『終活』の精神は、まさに、「自分の心と向き合う」という仏教の精神そのものに通底するものであると言えるかも知れません。

合掌

本源寺 副住職 本間 健司(ほんま けんじ)
 【本源寺ホームページ】http://fukaseki.com/hongenji.html

プロフィール
日蓮宗僧侶。静岡県富士宮市、本源寺(ほんげんじ)副住職。
昭和49年,三重県松阪市生まれ。実家は、ゴムホース製造会社を営む。
平成10年,法政大学社会学部卒業。
浄化槽管理士・営業職等を経て、平成18年32才の時、僧侶となる。
お寺での法話会・教箋(通信)『ちょっと読んでみませんか』等により、
檀信徒教化の実践を行っている。
本源寺 住所 〒418-0105 静岡県富士宮市原873
電話/FAX 0544-54-0087
URL http://fukaseki.com/hongenji.html
Mail hongenji@agate.plala.or.jp

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